2021年12月14日の衆議院予算委員会で、立憲民主党の落合議員が提示した「自社株買いの問題提起」に対し、岸田首相が重要な問題として、自社株買い規制についてコメントを述べました。
自社株買いは果たして問題なのかを検討してみたいと思います。
結論から書くと、
・企業は株主(出資者)のためのもの
・企業の内部留保を活かせないならば、自社株買いは選択肢
・もし自社株買い制限するなら不利な株を避ける、日本株を諦める
といえます。
今後の政策次第では、日本からお金がさらに逃げていくことになるかもしれません。
自社株買い規制の話が出た
さて、今回の自社株買い制限の意見の基となった発言を紐解いてみましょう。
2021年12月14日、衆議院予算委員会で、立憲民主党の落合貴之議員は、
「企業が稼いだ利益を設備投資などに使わず、自社株買いを通じた株価の押し上げに回すこと」を問題視して、総理に意見を求めました。
首相は、
「持続可能な『新しい資本主義』を実現していくことから考えたときに、大変重要なポイントだ」と賛同側の意見を述べました。
引用(岸田首相、自社株買いの指針に言及 衆院予算委 時事.com)
首相が、立憲民主党の落合議員の意見に賛同する内容です。
(重要:一部メディアでは野党に触れず記事を書きますが、
実は野党の意見に首相が同意する「与野党ともに自社株外の制限に賛成」
という大変心配な状況です。)
この「自社株買い規制」についてどう考えるべきかを検討しましょう。
「自社株買い」の仕組み
自社株買いの仕組みについてもう一度考えてみましょう。
自社株買いすると、株式の価値(株価、EPS等)は数値上どうなるか。
●事例(モデルケース)
株式会社A
年間利益(税引き後)6000円
発行株式数 200株
PER 10倍で固定
まず、
1株あたり収益(EPS)は、30円(6000円÷200株)です。
株価収益率(PER)10倍 で 1株300円(30円×10倍)です。
ここで内部留保の一部「15,000円を使って50株(1株300円×50株)を自社株買い」して消却(発行株式数を減)したとしましょう。
すると、最終的にPER10倍の評価に落ち着くとして、
発行株式数 200 - 50 = 150株
EPS 40円(6000円÷150株)
株価 400円(40円×10倍)
となり理論上、株価が上昇します。
また、株式数が減ったことで、剰余金を同じ割合で配当する場合配当金額の上昇(増配)も想定されます。
このように、自社株買いは「会社の不要な出資を削る、企業のダイエット」と捉えることが出来ます。
●内部留保を企業の成長に使った場合の成長の目安
次に、「自社株買い」と落合議員のいう「留保金を活用し企業拡大」のどちらを選択すべきか。
単純比較できませんが、検討の目安をつけてみましょう。
今回の自社株買いの15,000円を企業の成長に使うとします。
企業の成長として支出する場合、合理的に考えると、経営者は15,000円を使って前述事例以上の成長する必要があります。
したがって、
EPSを30円から40円にする。
40円 × 200株 = 8,000円
8,000円 - 6,000円 = 2,000円
15,000円を使って、翌年の税引き後利益を2,000円以上上昇させる経営をできなければ自社株買いをして資本をスリム化させるべきであるといえます。
一応、支出した15,000円が、会社自身や支出先の雇用・経済を回すなどの副次的な効果があるので単純比較できませんが、利益を増やせなければ少なくとも株主(スポンサー)の利益を損なうといえます。
利益を出せなければ株式の評価(ひいては株価に反映)が下がることとなります。
(個人的には、投資家は合理的に動くならば企業の利益を目的とするため、当面SDGsやESGをするか否かで株価は上がらないと思っています。)
自社株買いは「企業のスリムアップ」に過ぎないのです。
「自社株買い制限」は正当なのか
自社株買いは、
「株式価値を上げるために内部留保を効果的に使う方法がない」
「自社の評価が低すぎるため、自社の株を買い評価を上げる」
といった場合において有効な、投資家(スポンサー)還元への経営手段のひとつといえます。
(他にも、「企業買収防衛策(市場の株式数を減らす)」などにも使われることがありますが、今回は趣旨が異なるものなので割愛)
米国は自社株買いや配当金などを積極的に行う株主至上主義と言われ、配当や自社株買いで剰余金を使い切ることを良しとしていましたが、新型コロナウイルス感染症の蔓延の際に内部留保が少なく苦労した経緯があります。
一方、日本では内部留保が積みあがっているため(内部留保が設備などの固定資産であることも多くありますが)、むしろ配当や自社株買いに向かうべきだと思えます。
立憲の落合議員らが掲げる「(自社株買いをやめさせて)内部留保を①企業の拡大に使え、②債務の返済や③賃上げに充てろ。」という意見には、企業としては、
①企業価値を上げる手段がないから内部留保を積んだり自社株買いをしている。
→ ×経営上最適ではないから
②債務の返済が困難になるくらい自社株買いをするケースはまずない。
繰り上げ弁済は企業の借り入れにより財務レバレッジを縮めて帰って経済縮小をもたらす。
→ ×企業の拡大のための借り入れを否定することになり合理的ではない
③賃上げは内部留保から行うものではないので議論の対象外。内部留保をどうするかより賃上げ政策を直接打つべき。
(内部留保は賃金(及び税金)を払ったあとのもの。それこそ内部留保を削って従業員に支給することのほうが株主利益を損なう問題。)
なお、従業員は企業の持ち株会や給与で株式を持つこともできる。
→ ×留保金を賃上げに使うのは筋違い。別途、賃上げ政策を打つべき
といえます。
自社株買いを規制する理由としては弱いように思います。
最近、諸外国で自社株買い制限があったのは、新型コロナ下のアメリカで「積極的に内部留保を残し倒産しないで欲しい」というような政策があったときくらいかと思います。
自社株買いか、事業拡大か
以上により、自社株買いは「経営の一手段」として制限されるべきではないと考えます。
では、どうすべきか。
大原則として、「効率の悪い事業拡大(内部留保の使用)はすべきではない」です。
問題の根本は、不景気時に「効率の悪い事業を支援し続けて残し続けたこと」にあります。
米国などの、
・IT
・半導体
・バイオ創薬
・AI
・EV車
・その他ハイテク
などの、内部留保を使って利益拡大をもたらす業界は、日本では消極的な進出にとどまっています。
そのため、
・投資効率を上げる
・海外からお金が集まる
・ひいては賃金アップ
とするためには、これらの利益を出せる「資本効率の良い分野に積極的に支援をする」必要があります。
政策論になってしまいますが、
利益を出せない企業は、自社株買いなどで規模を縮小しスリム化。
利益の大きい分野に全力で投資し、世界の競争に勝てる企業を作る。
優秀な人材には相応の賃金を出して海外に流出させない。
としていかないと、国が立ちいかなくなるかもしれません。
我々投資家はどうすべきか。
自社株買い制限が政策化されたら、やることはシンプルで、
・自社株買いが出来なくなるとまずい企業に投資しない
・期待できる企業が無ければ国外に求める
これに尽きるでしょう。
政策論は語ると楽しいですが、投資をするうえで「基本的にどうにもできない」ことなので、不利になる分野に投資をしないのが一番です。現政権だと日本株投資はリスクが上がったように感じます。
危ないものには近づかないようにするのが一番です。
良い環境の国で、良い投資を行っていくべきでしょう。
まとめ
結論は単純で、「自社株買いの制限はすべきではない」といえます。
理由は、自社株買いが、
・諸外国で「企業拡大や賃上げを目的とした」自社株買い制限は基本的に行っていない
(なお、新型コロナ対策で「企業の体力維持の内部留保のため」の自社株買い禁止(配当も同様)は米国などでもありました。)
・企業が使った内部留保を回収できないときに自社株買いをする株主還元策の一つ
と言えるからです。
今回、立憲民主党の落合議員の話から飛び火したので政府発の意見ではないものの、場に流され賛同する様を見るに非常に残念であります。与野党ともに自社株買い制限に賛成の立場を取っていたわけですから。
元々、企業(株式会社)は「政府のものでも国民のものでもなく」、「株主(スポンサー)のもの」です。(最優先ではないときがあっても)株主の利益を無視するようであってはなりません。
ですが、我々の力で「自社株買い制限」を変えることは困難でしょう。
我々一般投資家も段々と対応を心得てきており、国内の株式投資が不利ならば、
「無理に日本の株式を買わなくていいかな」
という判断を下すことになるのかもしれません。
既に、日本株にこだわる必要は無いのです。
国内からでも十分に海外の株式を買う環境が整ってきたといえます。
10年くらい前の、原則日本株「しか」投資できない時代ではありません。
そういう点では、いい時代になったと言えます。
良い環境で投資する。
読んでくれた方の投資の成功を祈ります。
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