【国徴法小話12】反対債権のある債権の差押えについて

税金の話

再来週はいよいよ税理士試験ですね。

実力者ですら不合格になることも多い試験なので、合格ギリギリの人は最後まで諦めず、余裕のある人は慎重に問題に向き合うようにしていきましょう。

さて、今日は書くことがあまりなかったので国税徴収法の話。

テーマは、「債権の差押え」に合わせて「無益な差押え」です。

国税徴収法には、無益な差押え(国税徴収法48条2項)というものがあります。
「差し押さえた財産の価値が、先立つ税金やその他の債権の合計を超える見込みがない」ときは差押をしてはいけない規定になっています。

また、差押後に無益な差押になった場合は解除(79条2項1号)する規定もあります。
銀行の預金の当てはめると、「預金残高より、カードローンや住宅ローンの残高(反対債権)が多い」というようなケースが想定されます。

しかし、これらは本当に差し押さえできないのか。
ということに触れていきましょう。

今日の話は、金融機関がどう対応するかであるため「試験には出ない論点」かと思います。
試験というより若干実務的な内容なので、いつもの通りコーヒーブレイクで。

参考程度になれば幸いです。

債権の差押と無益な差押

一応、債権(預金)の差押の論点柱上げ。
理論サブノートを観ながら。

預金の差押え
 ①手続き
  ・債権差押通知書の送達、処分禁止の明記
  ・差押調書を作成
  ・謄本を本人及び債権者等に交付
 ②効力発生時期
 ③効力
  ・法定果実に対する効力(利息の取扱)
  ・徴収職員の取立
 ④債券差押えの範囲
 ⑤解除

といったところでしょうか。
理論「暗記」は、ある程度頭から抜けているので家にあったボロボロの参考書から転記。受験生の方々の方がはるかに詳しいかと思います。

さて、今回の本題に入りましょう。

今回は債権の差押えはおまけで、「差押え可能かどうかの判定」がメインになります。

モデルケースを検討。

銀行の職員が債権差押通知書を受け取った際に反対債権(借り入れ)があった場合。
債権差押通知書に記載されていた事項
 ・滞納者Aの滞納額 令和2年中所得税(確定申告分) 158,000円

債権差押通知書送達時のX銀行の預金の残高は以下の通りとする。
 ・預金 X銀行普通預金 240,000円
 ・X銀行カードローン ▲499,750円

この場合、銀行は「債権の差押えが成立すると判断した場合に先行して相殺することが可能(後述)」です。(民法505条)では、この普通預金は、「預金残高とカードローンが相殺されるケースであるため無益な差押になるか。がポイントとなります。

また、債務がカードローンではなく、
 ・住宅ローン ▲30,000,000円
だったらどうなるかも検討しましょう。

運用面から考える

反対債権の有無は知られている

まず、預金額以上の反対債権があるかどうかを徴収職員が知らずに差し押さえるのか。
当然、知ってて差し押さえていると思います。

少し考えてみればわかるとおり、「同じ銀行(の同じ支店)にカードローンがあるならば、預金の調査(141条)をした時点で預金残高と一緒に反対債権の存在を確認できているはず」と考えるほうが自然です。

したがって、殆どの場合に徴収職員が「ローンの存在だけを知らないはずがない」のです。

では、なぜ「反対債権のある債権を無理に差し押さえ」ようとするのか。

徴収職員の戦術次第ではありますが、想定されるケースとして、

 ・他に徴収に向く財産がない
  (敢えて反対債権のある口座に預金して、差押えから守らせている?)
 ・銀行が相殺するデメリットを知っているので「相殺しない可能性(後述)」を考慮

などが想定されます。

銀行はどう判断しているか

机上では、「債権額より債務額が多く、無益な差押え」となります。

何故かというと、差押えと同時(厳密には差押えの処理の手前)に、

「反対債権(ローン)と債権(預金)の相殺を行うことができるから」です。

銀行の約款を読むと理解が深まる(試験に必要ないけど)ので、北洋銀行の約款を見てみましょう。
(北洋銀行が公開していました。他銀行のを確認してませんが、そこまで大差ないと思います。)

第5条(期限の利益の喪失)
①甲について次の各号の事由が一つでも生じた場合には、乙からの通知催告等がな
くても、甲は乙に対するいっさいの債務について当然期限の利益を失い、直ちに債
務を弁済するものとします。
(略)
4.甲または甲の保証人の預金その他の乙に対する債権について仮差押、保全差押または差押の命令、通知が発送されたとき。
(略)
第7条(乙による相殺、払戻充当)
①期限の到来、期限の利益の喪失(略)によって、甲が乙に対する債務を履行しなければならない場合には、乙は、その債務と甲の預金その他乙に対する債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、いつでも相殺することができるものとします。
②前項の相殺ができる場合には、乙は事前の通知および所定の手続を省略し、甲にかわり諸預け金の払戻しを受け、債務の弁済に充当することもできます。この場合、乙は甲に対して充当した結果を書面により通知するものとします。

ざっくりいうと差し押さえられたら、

 ・「一括弁済」を請求します。
 ・「差押えに先行して預金を相殺」します。
 ・口座名義人に「通知(相殺通知書)」します。

この3点がセットです。

そのため、「ローン>預金残高」は一見して差押え不可。
となるわけですね。

この場合、銀行は損はしていないように見えますが、前述したとおり相殺をしてしまうと「銀行にもデメリット」があります。
債権額(ローン残高)>債務額(預金)の場合だと、

 ・債務が焦げ付くリスク
 ・今後利息を取れない(その代わりに遅延損害金を生じる)リスク

を抱えることになります。

そのため銀行は、「相殺」を避けて、徴収職員に「差押を取り下げてもらう」よう依頼をすることが想定されます。
徴収職員は、そこで、

 「やむをえません、相殺をしてください。
  税務署に相殺通知書の写しを交付してください。
  相殺を確認後、差押えを解除いたします。」

と返すことになります。

一括弁済を求めた際に、50万のカードローンくらいならば、給与が判明している等すればどうにかなるかも知れません。(それでも裁判所に手続きを要する強制執行はものすごく手間だと思います。)

一方、数十万円の税金の滞納に対し、モデルケースのような3000万円の住宅ローンの解約をするのは銀行にとってデメリット以外の何者でもありません。
(年2%で60万円の利息を逃がすことになる。)

そこで、銀行側は考えます。

「滞納額が少額なら、敢えて相殺をせず差押を容認するか。」

と、差押えに応じることもあり得るわけです。

相殺しなければあくまで債権(預金)の差押えなので無益な差押えとはなりません。この辺りは、徴収職員さんとの駆け引きなのでしょう。

結論として、「ローンが預金残高より多くても差押えをされることがある」ということです。

まとめ

今日は若干実務的な話でした。
試験には間違いなく出ません。試験前には点数になるネタを提供したいものです。

重要ポイントは5点
 ・反対債権があっても差し押さえられることがある
 ・相殺をするかどうか銀行の裁量による
 ・銀行の相殺を相殺証明書の写しで確認できる
 ・相殺すると滞納者は一括弁済を求められる可能性が高い
 ・預金の差押えは仮に少額でも銀行の信用を著しく毀損する

このあたりを注目しておけばOKだと思います。

徴税職員が、反対債権ありの財産をわざわざ差し押さえるようなケースは、色々な条件に基づき「(他にないから)仕方ない」というケースだと思われます。

滞納者が、「住宅ローンがある銀行だから、どうせ差し押さえられないでしょ」と、徴収職員を甘く見ているケースは要注意。銀行から一括請求させる覚悟で差押をするかも知れません。

なお余談として、「少額の差押えも銀行での信用をかなり毀損する」のは間違いありません。
そのため、(銀行の方針にもよるでしょうが)新たな借り入れなどが困難になることが想定されます。

事業主さんなどが、「たった5,000円の差押えで事業資金の貸付を受けにくくなるリスク」を抱えるのはそれこそ無益な滞納に思います。伸ばせば伸ばすほど延滞税も発生します。
テクニックを使って納税を後回しにするくらいなら、しっかり税金を納付し他方が健全な生活・経営につながるといえるでしょう。

法文

●国税徴収法(抄)

(超過差押及び無益な差押の禁止)
第48条 国税を徴収するために必要な財産以外の財産は、差し押えることができない。
2 差し押えることができる財産の価額がその差押に係る滞納処分費及び徴収すべき国税に先だつ他の国税、地方税その他の債権の金額の合計額をこえる見込がないときは、その財産は、差し押えることができない。

(差押えの解除の要件)
第79条 徴収職員は、次の各号のいずれかに該当するときは、差押えを解除しなければならない。
 一 納付、充当、更正の取消その他の理由により差押えに係る国税の全額が消滅したとき。
 二 差押財産の価額がその差押えに係る滞納処分費及び差押えに係る国税に先立つ他の国税、地方税その他の債権の合計額を超える見込みがなくなつたとき。
 2 徴収職員は、次の各号のいずれかに該当するときは、差押財産の全部又は一部について、その差押えを解除することができる。
 一 差押えに係る国税の一部の納付、充当、更正の一部の取消、差押財産の値上りその他の理由により、その価額が差押えに係る国税及びこれに先立つ他の国税、地方税その他の債権の合計額を著しく超過すると認められるに至つたとき。
 二 滞納者が他に差し押さえることができる適当な財産を提供した場合において、その財産を差し押さえたとき。
 三 差押財産について、三回公売に付しても入札又は競り売りに係る買受けの申込み(以下「入札等」という。)がなかつた場合において、その差押財産の形状、用途、法令による利用の規制その他の事情を考慮して、更に公売に付しても買受人がないと認められ、かつ、随意契約による売却の見込みがないと認められるとき。

(質問及び検査)
第141条 徴収職員は、滞納処分のため滞納者の財産を調査する必要があるときは、その必要と認められる範囲内において、次に掲げる者に質問し、又はその者の財産に関する帳簿書類(その作成又は保存に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他の人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)の作成又は保存がされている場合における当該電磁的記録を含む。第百四十六条の二及び第百八十八条第二号において同じ。)を検査することができる。
一 滞納者
二 滞納者の財産を占有する第三者及びこれを占有していると認めるに足りる相当の理由がある第三者
三 滞納者に対し債権若しくは債務があり、又は滞納者から財産を取得したと認めるに足りる相当の理由がある者
四 滞納者が株主又は出資者である法人

●民法(抄)
(相殺の要件等)
第505条 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
前項の規定にかかわらず、当事者が相殺を禁止し、又は制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。

(相殺の方法及び効力)
第506条 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。

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