昨日から給与差押え、調べてみると結構面白い論点。
民事訴訟法、民事執行法の手続きの流れを調べるきっかけになりました。
(もっとも弁護士ではないので業務に生きるというよりは参考知識。)
試験向きの論点は前回書いたので、今回は余談。
国税徴収法の試験範囲は調査(141条)と罰則(188条)くらいで、残りは試験範囲外といえるでしょう。
関係法令は、「民事訴訟法」「民事執行法」です。
さて、前回までのおさらい。
・給与は債権として差し押さえる
・差押禁止額があり全額は差し押さえできない
細かな計算は、前回のGoogleからリンクしているリンク先(豊田市)のExcelを使うと参考になると思います。
さて、給与の差押えについて。
調査・差押を成功させるためには、「第三債務者(給与支払者)の協力が必要」になります。
例えば「給与の支給額」の情報がないと、現状の差押可能額を計算することが困難になります。
また、取り立ても第三債務者からの送金ですので、連携が大切になります。
一方、第三債務者(給与支払者、買掛金などの債務者を含む。)が非協力的なケース(例えば給与支払者=滞納者(社長)というケース)だと、このような協力は得られないかもしれません。
徴収職員は、こういった場合にどのように対応することが想定されるでしょうか。
罰則や強制執行、どのようなことが想定されるか考えてみましょう。
概要
社長(第三債務者)が、滞納者である従業員Aさんをかばっているケースを想定。
以下のようなことが行われるかも知れません。
①調査に答えない又は虚偽の回答をする
②差押を無視して取り立てない
それぞれのケースで、Aさんの滞納処分を回避できるか考えてみましょう。
調査に答えない又は虚偽の回答をした場合
まずは、調査について。
税金の財産調査は、「質問及び検査(国税徴収法141条)」を根拠としています。
一応、回答自体は任意(罰則は後述。)です。
Aさんの給与支給額をもし答えなかった場合、税務署は差押えをできないか。
答えはNo。
「給与支払額が不明でも差押可能」です。
仮に社長がAさんと協力して(社長=滞納者のケースも)回答しなくても差押えはできます。
相続財産法人の記事でも書きましたが、債権の差押えの条件は「第三債務者(法人又は社長)に対する債権差押通知書の送達」(62条)です。
差押可能額が無い場合は「無益な差押」として解除することになります。
ですが、第三債務者が支給額を計算し「無益な差押の事実を示す」必要があります。
従って、照会に応じなくても、最終的に同じ結果となります。
少し考えればわかりますが、税務署は所得税、市町村は住民税の課税資料として源泉徴収票のデータが手元にあります。
「前年と給与支払額が大幅に変わらなければ、差押可能額をある程度知っている」わけです。
故に、必ずしも照会する必要があるかは不明です。
そのため、徴収職員は源泉徴収票のデータ(前年の収入状況)から、
「現在の支給状況の確認」
「間接的に滞納者に警告する」
ことを目的として会社に対し照会文書を送っていると捉えるべきといえるでしょう。
(会社も差押えの取立手続きは面倒なので、職員に速やかに払うよう言うことが多いです。)
また、調査に協力しない場合・虚偽の陳述(回答)をした場合には罰則規定もあります。(188条)
これらの行為には、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」が課されます。
この辺りは試験だと頻出テーマですね。
取り立てに応じない場合
そして、もう一つ。
こちらの方が悪質です。
「差押後に第三債務者(社長)が無視した」ケース。
税務署が債権差押通知書を送達後に差押可能額がある場合、「社長が取立額を税務署に支払う義務」を生じます。
債券差押通知書が届く前に入れ違いで支払った等を除き、
「本人に払ってしまったから、税務署に支払う義務はない」という言い訳は成立しません。
国税の差押えを無視した社長はどうなるか。
この場合は「民事と同様の手続き」となります。
つまり、「裁判所を通じて財産の差押(強制執行)を行う」こととなります。
重要なポイントとしては、「社長自身は滞納者の税金の差押え対象にはならない」こと。
したがって、「税務署自身が差押を行うことはできない」です。
滞納処分は、第二次納税義務者のような例外ケースを除き、本人にしか行えません。
社長は滞納者自身ではないので、滞納者の滞納を根拠に差押えはできません。
しかし、「差押えた債権(非強制徴収債権)を民事同様に裁判所に依頼して徴収することは可能」です。
税務署は、
①支払督促(簡易な手続き 民事訴訟法382条 異議の申し立てで通常訴訟へ移行)
②少額訴訟(60万円以下、年間10回まで 民事訴訟法368条)
③通常訴訟
を通じ、社長に訴えを提起、訴訟後に裁判所を経由し財産開示手続等(207条)で銀行の預金等を調査、強制執行(裁判所による差押)を行うこととなります。
正当な差押えがなされているならば、社長が取立訴訟をされた場合100%勝てません。
また、訴訟を受ければその事実は広まって、
「あの社長は、税務署(自治体)から訴えられた」ということが取引先に周知された結果、信用を落とすことになると思われます。
結果として、第三債務者が滞納者を隠し立てすることは大きなリスクとなるわけです。
まとめ
第三債務者(給与支払者)は、滞納者本人と比べて国税徴収法での制限はほぼありません。
国税徴収法141条の「質問・検査権」には罰則規定があり、原則断ることができず、万一無視しても財産(債権)を特定出来たら差押えを行うことができます。
また、債権の差押えを無視した場合、民事訴訟法・民事執行法により訴えられ、第三債務者の財産が差し押さえられる可能性があります。
国(自治体)を訴えることはあっても、国や自治体から訴えられた会社は、相応に信頼を落とす結果となります。
基本的には、滞納者である従業員を守るには重い代償といえるかもしれません。
滞納者が支払えない場合、社長としての立場で滞納者である従業員を守るのなら、差押えを無視することなどせず、従業員と一緒に税務署に相談に行く方が正当な対応なのかもしれません。
法的根拠
●国税徴収法(抄)
(質問及び検査)
第141条 徴収職員は、滞納処分のため滞納者の財産を調査する必要があるときは、その必要と認められる範囲内において、次に掲げる者に質問し、又はその者の財産に関する帳簿書類(その作成又は保存に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他の人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)の作成又は保存がされている場合における当該電磁的記録を含む。第百四十六条の二及び第百八十八条第二号において同じ。)を検査することができる。
一 滞納者
二 滞納者の財産を占有する第三者及びこれを占有していると認めるに足りる相当の理由がある第三者
三 滞納者に対し債権若しくは債務があり、又は滞納者から財産を取得したと認めるに足りる相当の理由がある者
四 滞納者が株主又は出資者である法人
第188条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第141条(質問及び検査)の規定による徴収職員の質問に対して答弁をせず、又は偽りの陳述をした者
二 第141条の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は当該検査に関し偽りの記載若しくは記録をした帳簿書類を提示した者
●民事訴訟法(抄)
(少額訴訟の要件等)
第368条 簡易裁判所においては、訴訟の目的の価額が六十万円以下の金銭の支払の請求を目的とする訴えについて、少額訴訟による審理及び裁判を求めることができる。ただし、同一の簡易裁判所において同一の年に最高裁判所規則で定める回数を超えてこれを求めることができない。
2 少額訴訟による審理及び裁判を求める旨の申述は、訴えの提起の際にしなければならない。
3 前項の申述をするには、当該訴えを提起する簡易裁判所においてその年に少額訴訟による審理及び裁判を求めた回数を届け出なければならない。
(支払督促の要件)
第382条 金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求については、裁判所書記官は、債権者の申立てにより、支払督促を発することができる。ただし、日本において公示送達によらないでこれを送達することができる場合に限る。
●民事執行法(抄)
(債務名義)
第22条 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
(略)
(実施決定)
第197条 執行裁判所は、次の各号のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより、債務者について、財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
一 強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より六月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかつたとき。
二 知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたとき。
(略)
(債務者の預貯金債権等に係る情報の取得)
第207条 執行裁判所は、第百九十七条第一項各号のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより、次の各号に掲げる者であつて最高裁判所規則で定めるところにより当該債権者が選択したものに対し、それぞれ当該各号に定める事項について情報の提供をすべき旨を命じなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
一 銀行等(銀行、信用金庫、信用金庫連合会、労働金庫、労働金庫連合会、信用協同組合、信用協同組合連合会、農業協同組合、農業協同組合連合会、漁業協同組合、漁業協同組合連合会、水産加工業協同組合、水産加工業協同組合連合会、農林中央金庫、株式会社商工組合中央金庫又は独立行政法人郵便貯金簡易生命保険管理・郵便局ネットワーク支援機構をいう。以下この号において同じ。)
債務者の当該銀行等に対する預貯金債権(民法第四百六十六条の五第一項に規定する預貯金債権をいう。)に対する強制執行又は担保権の実行の申立てをするのに必要となる事項として最高裁判所規則で定めるもの
二 振替機関等(社債、株式等の振替に関する法律第二条第五項に規定する振替機関等をいう。以下この号において同じ。)
債務者の有する振替社債等(同法第二百七十九条に規定する振替社債等であつて、当該振替機関等の備える振替口座簿における債務者の口座に記載され、又は記録されたものに限る。)に関する強制執行又は担保権の実行の申立てをするのに必要となる事項として最高裁判所規則で定めるもの
2 執行裁判所は、第百九十七条第二項各号のいずれかに該当するときは、債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者の申立てにより、前項各号に掲げる者であつて最高裁判所規則で定めるところにより当該債権者が選択したものに対し、それぞれ当該各号に定める事項について情報の提供をすべき旨を命じなければならない。
3 前二項の申立てを却下する裁判に対しては、執行抗告をすることができる。
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