税理士試験でのカッコ悪い思い出

税理士試験(大学院以外)

今日も娘と公園で遊んできます。
そろそろ公園以外に行きたいですね。

・娘の近況

テレビの録画の画面で、自分の見たいプリキュアがリストにないからか、スワイプっぽいことをしていました。テレビモニタをスワイプできると思っているんでしょうね。

アレクサにも1歳のときに「アンパンマン きょく かけて」と言ってたし、私よりITに詳しくなりそうですね。

さて、本題へ。
ブログ引っ越し後は、発信も兼ねてTwitterに登録。
別アカウントを取っての再開だったので、仕事と身内を断絶して情報収集にも使っています。

特に、独立していくためには、

「税理士で独立している優秀な人を真似しよう。」

と、名言や役立つことを発信する人を登録しています。

一方で、Twitterで試験合格などの話でテンションが上がるのですが、

「税理士試験で、自分にそんなサクセスストーリーはなかったなぁ。」

と思ったので、敢えて失敗談を語ってみることにしました。

サクセスストーリーは語りたいだろうし、語る人も多いだろうけど、失敗談や不甲斐ない思い出を語る人は少ないと思う。

この記事から、「こんな人でも受かったんだから、私でも大丈夫。」、と感じてもらえればと思います。

苦労して受験している人の支えになれば幸い。

終わったからこそ語る、私の税理士試験の黒歴史

Twitterをみていると語りたくなる 

Twitterで有資格者の色々経歴やツイートを見てみると、

 ・20代であっという間に資格取得
 ・税法を1年で複数科目合格してしまう
 ・30で独立して既に一定の実績をあげている

ツワモノな経歴の人が当たり前のように出てきます。
そんな人達が語るものだからワクワクしてきます。

そこで、自分も書いてみたい。
折角合格したし、私に語れるカッコイイエピソードなんてあったものかなぁ・・・と考えてみたが、

「ないなぁ。」

試験もそうだし、大学院も全部ギリギリでした。
30歳から志したものだから既に20代じゃないし、独立もまだしていない。

そこまでサクセスストーリーとはいえない。
だからこそ今日は語ってみる。

「税理士試験のカッコ悪い思い出」

カッコ悪い思い出

いろんなエピソードがありますが、思い出したものから順に。

ボールペンのインクが終わって硬直

財務諸表論の直前期の模試。

30分くらい経った時点でアクシデント。
ボールペンのインクがなくなりました。

予期してなかった私は、予想外の展開に硬直。

当時を思い返してみたのですが、固まった以降のことを覚えていません。
(あの日は予備のボールペンはなかったはず。どうやって終えたんだろう。)

以降、試験でインクを切らしたことはありません(当たり前だ)。

大丈夫!
その年に財務諸表論は通りました。

教訓:ボールペンは2本準備すること

ほぼ全ての時間を暗記に費やしたのに不合格

2年目のこと、科目は消費税法。
生活(食事など)と仕事の時間以外全ての時間、理論暗記をしていた私。

22時に授業を終えて、快速ではなく各駅停車に乗って暗記しながら帰ていました。通勤にも、昼休みにも、土日もフルに暗記体制。
・・・でも不合格でした。

今考えると、効率悪いやり方なんですよね。

快速に乗ってさっさと帰り授業の復習。
夜遅く頭は疲れているので授業の理解を深める程度で寝る。
朝早く起きて、スッキリした脳で再度理解と暗記。

のほうが良かったと思います。

大丈夫!
それでも試験は終わりました。

教訓:「効率の良い勉強法」かどうかを常に考えること。

合格した年ですら模試は上位50%以下

予備校の先生は言いました。

「合格するには、常に模試の上位30%にいないとね。」

反論なし、それだけ上にいればいるほど有利に試験を展開できると思います。
と、いうより常にそれを目指しています。

とはいえ、実際はそんなにいきませんでした。

言わずもがな、本気の受験生ならみんな30%以内を目指しているから、当然並大抵では行かないわけです。
私はランキングが出る頃の模試は、概ね上位60%より下くらいにいました。

6年間の試験でも、2年目の簿記論のTACの全国模試で唯一総合でA(上位20%くらいなのかな?)を1回取ったのみ。
それも問1~問3がBだった結果、満遍なく取れたので総合Aという、そこまで輝かしくもない成績でした。

大丈夫! 
でも、受かります。

教訓:大事なのは、当日。
   模試は弱点をつかむもの。
   必要なのは、直前の伸びを計算した勉強法です。

問2を書き忘れた

見るからに、やらかした感のある見出しですね。

1年目、財務諸表論の当日。

「問2わかんねぇ・・・・。
 これは問3を解いてある程度点数をかためた後に、問2で部分点だ!」

時計を見たら13時01分。あと89分あったことを覚えています。
そして85分後・・・。

「よし、しっかり計算問題は出来たので後は野となれ山となれ、だなぁ。
 ・・・・、ん?」

うわっ、問2を全く書いてない!!!

後3分しかないぞ・・・。
これは終わった・・・。

でも、大丈夫です。
それでも(略)

なお、62回(H24)の財務諸表論の問2は難解で、差がつかなかったようです(もう資料が手元にない)。捨て問にしても受かったようです。

でも、書き忘れで部分点をもらえない(もらわない)のはやりすぎです。

教訓:部分点は狙おう

色々な科目に浮気する

実務の経験がないので色々な科目を受けたくてしょうがなかった自分。

複数回受験したのが税法が、住民税(3回)と国税徴収法(2回)のみ。合格したわけではないのに別科目へ。

実は消費税法、法人税法、所得税法とも1回ずつ受けています。
税法の体系はわかりますが、この試験は中途半端では絶対に受かりません。

当時の自分に、「税理士試験をナメてはいけないぞ!」と言いたい。

でも大丈夫!
それでも(略)

教訓:実務はともかく手に負えない方は受験科目を絞りましょう。

無力さを感じて涙

2012年7月29日、自習室から帰り道。
どうにか計算問題で40/50くらいを取れるようになったのが試験2日前。
(4週前は25点、2週間前くらいには30点くらいしか取れませんでした。)

「これ、合格できるのか・・・。」

受験期ギリギリまで来ると受験生は多かれ少なかれストレスで削られています。

横浜駅東口の入口で、ある歌を口ずさんだら意識せず涙がぽろぽろこぼれ落ちた。

「これだけやれるだけのことをしたのに。
 30万近いお金と、数百時間もかけて周りとも遊ばず勉強したのに。」

同期は遊びだ飲み会だと遊んでいる中、自分は業務以外のことを土日をつぶして必死にやってる。しかもクリアできなければ全て無意味。俺、カッコ悪すぎ。

無学から始めた試験、経験者や才能がなければ無理なんだろうか

資格を取っても30代だし無意味なのではないだろうか

今まで泣き言を一言もいわなかったが、あまりの無力さから泣きました。
その2日後、試験当日。やれるだけのことをしました。

そして12月・・・・、

「財務諸表論 合格24」

あのときの感動を今でも覚えています。

教訓:最後までで諦めない

カッコ悪い自分だから言えるたった1つのこと

税理士試験という国内有数の難関試験をスマートに合格できる人はマジですごい。ノウハウがあっても真似しづらいように思います。

ただ一方で、私が言えること。

「大丈夫、オレでも受かった。」

ということです。

スマートでなくても、志を曲げずに戦い続ければ終わるということを伝えられたらと思い、今回の記事を書きました。

ただ、税理士試験の天才でもない自分でも、受かった年の試験直前の心境は共通しています。

「もうここまでやりきったのだから、受からなければ今年の問題に縁がなかったのだろう。」

といえるくらいはやったと思っています。
(逆に半端な年は不合格です。)

 ・模試の頃に順位が悪くても
 ・模試でボールペンのインクが切れても
 ・知識を得たくて毎年違う科目を受けても
 ・効率の悪い勉強をしてても
 ・問2を書き忘れても・・・

涙を流せるくらいがんばれば、きっと結果が出ます。
(思い出した結果、酷いエピソードが多いな。)

今年の受験生の方は、コロナのせいで環境が悪いです。
でも、今の苦労は5年、10年後のネタ(超人なら3年後くらい?)になりますので安心してください。

おまけ

環境が環境のため、合格したらしたで道は険しいもので・・・。
実務の経験(実務経験年数はあるけど。)がないので、ここも中々の難問。

とはいえ、試験の頃を思い出すと、やりたいことを諦めずに続ければ、必ず道は開けるように思います。
お互い、がんばっていきましょう。

受験生のみなさんの合格をお祈りいたします。

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