【国徴法小話13】国税徴収法に基づいた4299万円の確保

税理士試験(大学院以外)

阿武町の4,630万円の問題。
担当となった新人職員さん、ニュースによっては心を病んだとあり、大変可哀想に思います。

結局のところフロッピーであろうと、DVDであろうと、電送であろうとデジタル処理なのであまり送金エラーの内容とは関係ない。(全部手書きが一般的なら別ですが。)

今回は、そんな事件に巻き込まれた阿武町が、がんばってこれらのお金を確保したニュース。
裏で何があったかを予想してみたいと思います。

と、いうわけで久々の国税徴収法のお話。

今回は、どうやって4,299万円+6万円を確保したかについて。
Twitter上でも疑問が渦巻き、友人からも質問されたので一度法令に基づき整理してみましょう。

いつもの如く、のんびりコーヒーブレイクの材料になれば幸いです。

※今回の動きはあくまで予想であり、当方は山口県阿武町や弁護士さんとは無関係です。
 違う動きをしているかもしれないので、その場合はご指摘くださるとうれしいです。

4630万円を確保せよ!

山口県阿武町では非課税世帯給付金4630万円をある町民に誤送金。
送金を受けた人が別の決済代行業者に送金し、「使い切ってしまった」と主張して問題になりました。

5月24日に、国税徴収法に基づき法的に4299万円を確保したというニュースがあり、「国税徴収法」がTwitterのトレンドに載るなどしました。

(※NHKニュース 阿武町 給付金誤振込 「法的手続きで4299万円余を確保」

今回、阿武町がとった戦術はどのような内容なのでしょうか。

全額回収できていない以上、苦しい戦いはまだ続くのだと思います。

大まかな流れを整理

さて、税理士試験にしたらどんな問題になるでしょうか(若干悪ノリ)。
柱上げでもしてみましょう。一応、各ニュースによると国保税の滞納があることがわかっています。

問1 A市には町民Xに対し、公的給付の過大支給に係る返還金債権4,630万円がある。
   A市の徴収担当が債権確保としてできることは何か。(25点)
   なお、町民Xの租税公課の滞納額は以下の通り。

   令和3年度分 国民健康保険税(法定納期限等 令和3年6月30日)
   第9期 納期限 令和4年2月28日 1,900円
   第10期 納期限 令和4年3月31日 1,900円

柱上げでもしてみましょう。
概要を把握したい人はこちらだけで足りると思います。

 ①財産調査(141条)
 ②債権の差押え(62条、63条)
 ③差押え対象となる債権(いくつかの法令、試験外)
 ④配当(131条、132条)
 ⑤弁護士との交渉(民事執行法、試験外)

それぞれ解説

(1)地方税法なのに「国税徴収法」?

まず、SNSでよく出てきていた質問。

弁護士さんが「国税徴収法」と言っていたので、

 ①地方税じゃないの?
 ②国税の滞納を利用して差し押さえたの?

というような疑問を見受けられました。

過去にブログ記事にしましたが、
「地方税や公課の滞納処分では、法令に載っていないことは国税徴収法の例により」ます。

細かくは以下の過去の記事を参考にしてもらえれば幸いです。

調査権(国税徴収法141条)、捜索(同142条)
配当関連、各種差押え、公売など
の手続きは、地方税法(国民健康保険法など)ではなく、地方税や保険料なども国税徴収法の例によります。

(2)なぜ差し押さえる口座情報がわかったの?

これも友人から聞かれました。

実は、ニュースで口座情報が出ていたときに気になっていました。
(なんで口座情報で送金先がいくつかあったことががわかるんだろう?)

口座情報を銀行が公開してくれたのか。
個人情報だから出せないんじゃないの?

と思った方も多いと思います。

そこでまず一つ目、国税徴収法には「調査権」というものがあり、滞納者の口座を照会する権限を持ちます。

(質問及び検査)
第141条 徴収職員は、滞納処分のため滞納者の財産を調査する必要があるときは、その必要と認められる範囲内において、次に掲げる者に質問し、又はその者の財産に関する帳簿書類(その作成又は保存に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他の人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)の作成又は保存がされている場合における当該電磁的記録を含む。第146条の2及び第百188条第2号において同じ。)を検査することができる。

(略)
 三 滞納者に対し債権若しくは債務があり、又は滞納者から財産を取得したと認めるに足りる相当の理由がある者
(略)

このように、「滞納者であること(納期限までに納付しないもの:2条9号)」が条件ですが、金融機関(滞納者に預金債務がある)などに対し照会する権限があります。つまり、滞納者は口座情報、どこに送金したかがバレる可能性があります。金融機関なども断ると罰則規定(188条)があるため、基本的には照会に応じなければなりません。

(3)4,299万円も差押えで取立可能か

4299万円を「回収した」、というコメントをSNSで見かけました。

これは厳密にいうと間違いで、正確には「一時的に確保した」という状態といえます。
記事でも、「回収」とは書かず「確保」と書いているところが多いですね。

これは、国民健康保険税の滞納が「公債権のうち強制徴収債権」にあたるので差押え可能ですが、4630万円の「 不当利得返還請求債権 」は、「私債権」公債権のうち非強制徴収債権」(2022.6.5訂正)にあたり、差押えできないためです。

この辺りも過去のブログに書きましたが、

自治体債権は3つに分類され、

 ①公債権のうち強制徴収債権(阿武町で差押えできるもの)
 ②公債権のうち非強制徴収債権
 ③私債権

となります。

②,③には自治体の自力執行権(例えば差押え)がなく、裁判所で差押えをしてもらうことしかできません。

なお、①~③の区分としては、

①は、地方税一般、国保税(料)、下水道使用料、保育料など「国税徴収法の適用があるもの」。(※そのため、時々見かけた「今回は運良く国保税だったから差押えできた」というコメントも厳密には誤りで国保料でも全然いけると思います。)

②には、合併浄化槽使用量、し尿処理手数料など。

③には、給食費、水道料金、損害賠償請求権など。

今回の「誤送金による不当利得返還請求債権」は、恐らく①、②に該当せず、③にあたる②にあたる(2022.6.5訂正 不当利得、地方自治法236条1項)と思われます。そのため自力執行権の対象外となり、裁判所(民事執行法)による差押えしかできません。

※地方自治法に規定されており、236条1項の「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」にあたるようです。強制徴収債権に当たらないため、ここ以外の取り扱いは同じです。

地方自治法(抄)
(金銭債権の消滅時効)
第236条 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、これを行使することができる時から五年間行使しないときは、時効によつて消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。

(略)

(4)債権の差押え

少し詳しい方は、「国保税の滞納だけで、全額差押えするなんて超過差押えじゃないのか?」という疑問を持つ方もいました。

これも問題ありません、まずは超過差押えの規定からいきましょう。

(超過差押及び無益な差押の禁止)
第48条 国税を徴収するために必要な財産以外の財産は、差し押えることができない。
(略)

超過差押えとは「滞納者の滞納額を超えて差押えをすること」で、このような差押えは違法行為となります。
ところが、債権の差押えには以下の条文があります。

(差し押える債権の範囲)
第63条 徴収職員は、債権を差し押えるときは、その全額を差し押えなければならない。ただし、その全額を差し押える必要がないと認めるときは、その一部を差し押えることができる。

今回の決済代行業者の口座の差押えは「債権」の差押えにあたります。

そのため、原則は全額差押えで、例外的に部分的に差し押さえていることとなります。

そのため、阿武町として「その全額を差し押える必要がある」と認めれば、全額を差し押さえても問題ありません。

恐らく、

一つは、銀行の普通預金などの債権の部分的徴収しやすいものを除き、生命保険の解約返戻金、売掛金など、第三債務者に対し部分的な取立をすることで煩雑な事務を要求することになること。

もう一つは、結局、次に書く「配当」により最終的に本人に残余を返すこととなるため。

これらの理由により、一時的に税務署や自治体が全額差押えをしたところで違法とまでは言えないんだと思われます。

(5)国税徴収法だと長期間お金を確保できない(配当の話)

確保した4,299万円ですが、国税徴収法ではいつまでもお金を確保して留め置くことはできません。国税徴収法には「配当」という規定があります。

ざっくりとスケジュールとしては、

①阿武町は、お金が送金された日から3日以内(民法の規定により土日翌日。)に本人に配当計算書を送付。
②配当計算書を発送した日から(遅くとも)7日を経過した日までに代金の交付。

という手順となります。

前述のとおり、4,630万円(+弁護士費用等諸経費+利息)の請求権は「私債権」になる「自治体の強制徴収債権ではない」ため(2022.6.5 訂正)、差押えの対象になりそうにありません。

法律用語の細かな扱いは割愛しますが、「ざっくり2週間程度でお金を本人に返さないといけません」

(配当計算書)
第131条 税務署長は、第129条(配当の原則)の規定により配当しようとするときは、政令で定めるところにより、配当を受ける債権、前条第2項の規定により税務署長が確認した金額その他必要な事項を記載した配当計算書を作成し、換価財産の買受代金の納付の日から3日以内に、次に掲げる者に対する交付のため、その謄本を発送しなければならない。
(略)
 三 滞納者

(換価代金等の交付期日)
第132条 税務署長は、前条の規定により配当計算書の謄本を交付するときは、その謄本に換価代金等の交付期日を附記して告知しなければならない。
2 前項の換価代金等の交付期日は、配当計算書の謄本を交付のため発送した日から起算して7日を経過した日としなければならない。ただし、第129条第1項第3号又は第4号(配当を受ける債権)に掲げる債権を有する者で前条第一号又は第二号に掲げる者に該当するものがない場合には、その期間は、短縮することができる。

したがって、お金を持っている期間はせいぜい2週間が限度といえそうです。

(6)阿武町の今後の戦術

(5)までは事例検討として予想したレベル。
ここより先は完全に想像のレベルです。

原則的には、約2週間でお金を返さないといけない。
(相手が逮捕拘留されている以上、供託という可能性もありそうですが・・・)

さて、では阿武町はどうやって回収するか。
ここまでくると、本人と弁護士さんの交渉となるでしょう。

お金を使い切ってしまったのと違い、お金が現存した以上、ここからは弁護士さんの出番。
交渉の仕方で今後の展開も大分変わると思います。

とはいえ、仮に釈放後に交渉に応じず、口座を指定して逃げだしたとしたら、阿武町はお金と手間をかけてでも、返金した瞬間(又は、自己の残余金返還の債務に対し)に、裁判所へ「仮差押え」の請求手続きを行うことになるかと思います。

転じて、弁護士さんは「逃げてどう足掻いても、お金はあなたの手には戻らないですよ。」と交渉し自主的な返還を促し、裁判の手間とコストを省くように戦うと思います。

現実的にも町にお金が確保された以上、送金タイミングもある程度自由にコントロールできる点において4299万円部分については、ほぼ決着。アドバンテージは阿武町にあるといえます。

まとめ

久々に、法令の読み込みをしてみました。

前にも書きましたが、国税徴収法は面白い科目です。
深掘りすることで、国税通則法、民法、民事執行法、破産法など、税の確保(時に私債権との力関係や手続き)につき、学べる知識が満載です。

さて、横道に逸れましたがまとめると以下の通り。

 ①地方税や公課も国税徴収法の適用を受ける
 ②調査権により滞納者の口座情報・送金情報を把握することが可能
 ③誤送金による不当利得返還請求権は、自治体による差押えは行えない
 ④債権差押えは債権の全額が原則のため、超過差押えにならない
 ⑤配当計算と配当のルールにより、長期間お金を確保できない
 ⑥とはいえ、町にお金があることから、有利に交渉が進むと思われる
 ⑦反抗しても民事による仮差押えとなる可能性が高く、持ち逃げはほぼ不可能

という感じになると思います。

個人的には「使い切った」情報を信じてたので、残高なんて空っぽなのだと思っていました(※)。
差押えをするという判断は、弁護士さんにせよ徴収職員にせよ、その行動力が結果を生んだ成果だと思います。

※5/28追記 以下のニュースを見る限り、送金代行業者が立て替えたような情報もあります。
 代行業者なぜ4300万円返金? 警察の強制捜査恐れたか 阿武町“誤送金問題”
金融機関は、警察の強制捜査による様々なデメリット(違法行為をする相手に対し、それを知っていて送金したようなケースには業務停止命令などもあり得るようです。)を避けるため、この件と縁を切りたくて全額立て替えたように思えます。この辺りまでくると自治体職員さんの判断というより弁護士さんの交渉術なのかもしれませんね。

さて、今後は配当のルールからして2週間以内に決着がつく(釈放に時間がかかったり、受け取りに来ず逃げたりしたら、供託などをしてもう少し時間がかかるかも?)ように思います。

答え合わせは6月10日ころのニュースなのかなと。

無事にお金が戻ることを祈ります。
新入社員さんも、元気を取り戻してお仕事に戻れるとよいですね。

6月11日追記:
6月9日付で4,299万円部分の回収を終えたようです。

【速報】阿武町4630万円誤振り込み・町4300万円を正式に回収完了

概ね予想通りでしたが、残りの回収は困難。
先方の人物と前科がつくとさらに厳しいと思います。
無事に終わることを祈ります。

コメント

  1. 雨やどり より:

    気になっていた話題を専門的に解説されているものを探していて、目にし
    訪ねた次第です。
    口座を本人口座として取り扱ったこと。滞納処分実務までカバーしていたこと。顧問?弁護士に拍手です。
    配当処理をどうするのか?ここが特に気になっておりましたが、多くの方が知るところとなり、手中にあるとは言え、債権者からのアクションに備え、残余金を確実に公金とするには、法的整理が必要と貴兄の解説を拝見し、確信できました。良き記事をありがとうございました。

    追伸 ついでに、話題に取り上げられている、振込データ用にフロッピーが使われていること。
    ホリエモンを始め、古くてあり得ないとやり玉に上げられていますけど、用が足せてるものを古いの一言で片付ける必要はないと同意します。

    • ryu@kamakura より:

      コメントありがとうございます。(いかんせん、年2,3件しかコメントがつかないので今気づきました。)

      あくまで予想です。
      全然違う戦術かもしれませんですし・・・。
      答えが出たら、もう少し我々の理解が深まるかもしれませんね。

      追伸について
      結局、口座振替なら、「誰の口座にいくら振り込むか」程度の情報量なので、FDでも、フラッシュメモリでも、電送でも460人程度なら余裕で対応できる容量。
      そのため、昔からの仕組みを今使っていても問題は少ないのかもしれませんね。

      とはいえ、フロッピーディスクのドライブ、メディアともに新しく作られていない現在において、どこかで新システムに移行しないと、じり貧なのかもしれません。

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